さて、今日は久しぶりに介護事業所の処遇改善加算の話です。
「処遇改善加算」は介護事業所にとっては、取り扱いについての細目を確認することや事務処理負担など結構な負担となっています。介護事業所の大きな特徴である「処遇改善加算」の取り扱いについて、今日は「役員」をテーマに考えてみたいと思います。
まず、役員への処遇改善加算の支給は処遇改善加算の支給の対象にはなりません。この場合の役員というのは、いわゆる「取締役」や「監査役」のことを言います。中でも、取締役のうち、「代表取締役」はどういう条件の下であっても、処遇改善加算を支給することは出来ません(正確には、代表取締役に対して処遇改善加算を支給したとしても、処遇改善加算の報告書に代表取締役に支払ったものは除いて報告しないといけません)。たとえその代表取締役が介護事業に従事していたとしても処遇改善加算の支給の対象とはなりません。
また、「監査役」も同じく、「処遇改善加算」を支給したとしても対象外となってしまいます。「監査役」についても「代表取締役」と同じで「監査役」というだけで処遇改善加算の支給対象とはならないのです。
「監査役」がなぜ処遇改善加算の対象外になるかというと、会社法により兼務禁止とされているためです。「監査役」と「介護職員」の兼務は会社法で禁止されているので対象外となるということです。
このように、登記上「取締役」や「監査役」になっていると処遇改善加算の対象外になってしまうことが多いのですが、一つだけ例外があります。これがいわゆる「使用人兼務役員」です。「使用人兼務役員」というのは、「取締役」ではあるけれども、実際には他の従業員と同じ就業規則が適用される「従業員」でもある人のことをいいます。
この「使用人兼務役員」の場合、「取締役」部分と「使用人」部分が明確に分かれていれば、使用人部分について介護職員として従事している場合には対象となるものとされています。つまり、もし、取締役に処遇改善加算を支給したいのであれば、使用人部分を明確にするために雇用契約書をきちんと締結しておくことはまずは必須です。その上で、その雇用契約書で使用人部分と役員部分を明確に区分しておくわけです。
役員報酬部分と使用人部分とを書類上で明確に区分した上で、実際上も介護職員として勤務していることを明確にしないといけません。この実際に介護職員として従事していたことを明確にするために、勤務表などの書類で介護職員として従事していたことを明確にして残しておく必要があります。
このように、「使用人兼務役員」に処遇改善加算を支給する場合には、「雇用契約書」で使用人部分を明示し、介護事業に従事していたことのわかる書類を残す、といったちょっとした工夫が必要ということです。
介護事業所の監査は、書類がすべてになります。書類がないとなると実態がないという話になりかねませんから、特に使用人兼務役員に対して処遇改善加算を支給する場合、細心の注意を払う必要があります。
ちなみに、使用人部分と役員部分を明確に区分することは、処遇改善加算対策という意味以外にも意味のあることです。
一つは税務上の意味です。役員報酬部分と使用人部分を明確に分けておけば、役員報酬部分についていわゆる「定期同額給与」 (原則、1年に1回の定時株主総会から、次の期の定時株主総会までの役員報酬は毎月、同じ金額とするという税務上のルールのことです)で判断されることとなります。一方で、使用人部分については雇用契約書等によって支給しているのであれば、定期同額給与、つまり、毎月、同じ額でなくてもいい(残業していれば残業代を支払っても問題ないでしょうし、各種手当があれば諸手当を支払っても問題ない)という効果があります。これが仮に役員報酬部分と使用人部分が明確にされていないと、全額が役員報酬部分と判断され、定期同額給与のルールが適用されかねません。この点からも「役員報酬部分」と「使用人部分」を分けることは意味のあることです。
また、雇用保険の観点からも、役員報酬部分と使用人部分とは区分しておいた方がいいです。雇用保険料については役員報酬部分は徴収する必要がないためです。あくまでも雇用保険料は使用人部分についてのみ保険料を徴収すればいいからです。
このように、「使用人兼務役員」がいる場合には、「使用人部分」と「役員報酬部分」を区分しておくことは、処遇改善加算の問題だけでなく、税法や雇用保険にも影響の与える話だということは知っておいていいことでしょう。
また、役員報酬の話ではないですが、似たような論点の話として、外注などで経理処理されている業務委託されている者については、処遇改善加算の介護職員が雇用されている職員ではないので対象外とされています。一方で、派遣法に基づく派遣労働者は、運営基準においてその介護職員の指揮命令が及ぶ従業者なのであれば、対象になるものとされています。
これは指揮命令が明確かどうかが問題だとされています。外部業者だと明確に指揮命令が及ばないので、処遇改善加算の対象外にされているわけです。
近年、実地調査の際に「処遇改善加算」が調査されることが多くなっているようです。その際に、かなりの事業所で今回のブログで書いた「役員」に対して処遇改善加算を支給していて全額返還指導されたという話を聞きます。
介護事業所の経営者の皆さんは、支給してはいけない人に「処遇改善加算」が支給されていないか、今一度、確認しておくことが必要でしょう。
6 comments on “処遇改善加算は役員には支給できない!?”
福岡で訪問介護事業所をしています。
代表を私がしている為「処遇改善加算」の申請を取り消しました。
今後、新しく入ってくる従業員の為、また税制上、家族に取締役を譲った方がいいのか、検討しています。
「使用人」大変参考になりました。
ありがとうございました。
どういう状況なのかがわからないですが、たぶんやりようはあるように思います。本ブログを参考にご検討いただけますと幸いです。
長文失礼します。
職員が親族だけという小さな介護事業所があります。代表である親から子へ事業承継するタイミングで、子に株式を移していく過程で、役員になると処遇改善加算の支給対象にならないと知り、ここへ辿り着きました。
「使用人兼務役員」であれば処遇改善加算の支給対象であることは間違いありません。
ところが代表の親族の場合、一定以上の株を所有している場合、会社法や法人税法における定義では、「使用人兼務役員」にはなれないので、やはり処遇改善加算が算定できないのでは、という問題に直面しています。ハローワークへの兼務役員雇用実態証明書もダメとなると、頭を悩ませています。
事業所の収入のうち処遇改善加算に頼る割合が大きいのに、子が役員になると処遇改善加算を算定できなくなるって、どこかおかしいですよね。
どうしたらいいのでしょうか。
処遇改善加算で言っている「役員」の範囲が会社法や法人税法あるいは雇用保険の考え方がそのまま使われるかというとそうではないと考えています。そもそも、同族会社の一定の株主で税務上のいわゆる「みなし役員」となり、確かに「使用人兼務役員」にはならないわけですが、これは法人税法の話です。それがそのまま介護保険法の処遇改善加算の規定に適用されるとはならないと思います。要するに、同族会社の株主は法人税法上のいわゆる「みなし役員」は、介護保険法上の処遇改善加算の対象外になるのかという点だと思います。
この点については、私の知っている範囲でお答えしますと、長野県の処遇改善加算について書かれている資料に次のような記述があります。
「法人の理事長等の役員であっても、職員としての勤務実績のある者は特定加算の対象職員とすることができます。(ただし、役員報酬の支給を受けている者は対象外)」【長野県の資料による】
たぶん同じような記述は他の都道府県等にもあると思いますが、少なくともこうしたした記述からも法人税法や雇用保険法とは違う解釈となっているということはわかると思います。少なくとも法人税法上のいわゆる「みなし役員」が処遇改善加算の対象にならないとするのはたぶん違うだろうと思います。
なお、実際にこのケースで処遇改善加算の対象になるのか否かは、ご自身で判断するというより管轄の都道府県の介護保険の処遇改善加算の担当にご確認いただいたほうがよろしいかと思います。
そうです、そこの解釈が恐くて、絶対に法定にセーフにしたかったのです。
お返事ありがとうございます。自己解決しました。
仰るとおり法人税法では、「株式を一定数以上所有」し、「経営に従事している」と、その者は登記されていなくても「みなし役員」とされる。
逆に言えば「経営に従事していなければ」株式を所有していても役員ではない。
よって、「使用人兼務役員」ではなく、そもそも「ただの使用人」にすることで先ずは解決できそうです。
これを知らず安易に役員にしていたら、誤った処遇改善加算を算定・支給し、後から返還請求をされていたかもしれません。勉強になりました。
介護業界は処遇改善を加算でクリアしようとしているため法人や経営の仕組みを複雑にしていると感じました。
目的を限定した結果、事業承継時に相続等の状況によっては事業所の経営が傾くケースもある気がします。
本来は介護の基本報酬をあげて従業員へ還元して欲しいものですが、やはりポケットに入れてしまう経営者が多いということなのかな…。
処遇改善加算に限りませんが、解釈が微妙な問題はQ&Aで似たようなものがないかとか、直接、管轄の行政に聞いてみるなど、ご自身で解釈するということはなるべくしないようにしたほうがいいだろうと思います。
私も税法や社会保険関係の問題等でもご相談があるとなるべくそのようにしております。
宜しくお願い致します。