さて、今日は治療院や介護事業所でよくみられる資格取得の費用を会社が立替払いをする場合の労務上や税務上の処理がどうなるかという話をしていこうと思います。
治療院でも介護事業所でも最近は、「人材不足」が合言葉です。
そこで、資格を取得している人を採用するのではなく、まだ資格を取得していない人を採用して、資格取得のための費用を会社が立替払いし、給与を支給する際に少しずつ控除していく、というようなことをしている会社があります。
私もこの手のご相談を何回かうけたことがあります。
会社としては、資格をすでに持っている人はなかなか採用が難しいため、無資格者を採用し、働きながら資格を取ってもらおうということです。
ただ、この人がたとえば採用後数カ月で辞められてしまうと会社としては困ります。そこで、一定期間については給与から天引きして、一定期間を超えて働いてくれたら、立替払いしていた残りの分は会社が負担する形にするというような形にすることが多いようです。最初に係る資格取得のための学校に通う費用は会社がいったん払ってくれて、一定期間以上働けば、会社が持ってくれるわけですから、従業員としてもメリットが大きいわけです。会社としても、一定期間以上働いてくれれば残りの立て替え分が残っていてそれを会社側が負担したとしても、人材が確保されればその程度の費用負担をしてもメリットが大きいというわけです。俗にいう「ウィンウィン」の関係ということです。
通常、この資格取得のための費用を立替払いする場合、会社とその従業員さんが金銭の貸付契約もしくは立替払いして返金する旨の契約を交わします。たとえば、2年以内に退職してしまったら残りの分は退職時に一括で返してもらうというような契約を結ぶことになります。
さて、この資格取得費用を会社がいったん立て替え払いし、一定期間以上働けば費用を会社が持つというこの仕組みは労務上、それから税務上、なにか問題はないのでしょうか?
まず、労務上の問題から考えてみましょう。
労務上は、これはまずは労働基準法第16条の規定の問題を検討します。「賠償予定の禁止」というものです。労働基準法第16条には次のように書かれています。
「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」
労務上の問題で問題になるのは、たとえば2年以上働いてくれなかったら残っている資格取得費用の立て替え分は返してもらうという契約をした場合、上記の労働基準法第16条に照らして問題にならないかという点です。
これについては、裁判例があります。
判例では次のように書かれています。
「技能検定試験に関する必要費用を立替払いし、合格、不合格にかかわらず、その後、約定の期間内において退職するときは、右の金員を弁済し、その期間就労する時はこれを免除する等の特約は、①その費用の計算が合理的な実費であること、②その金員が使用者の立替払いと解されるものであること、③その金員の返済により何時でも退職が可能であること、④右返済に係る約定が不当に雇用関係の継続を強制するものではないこと、の場合には本条に抵触しない」(大阪高裁 昭和43.1.28)
また、労働基準法第17条「前借金相殺の禁止」の規定との関係はどうかという問題もあります。労働基準法第17条は以下のように書かれています。
「使用者は、前借金その他の労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」
これについては通達で次のように書かれています。
「前借金でも貸付の原因、期間、金額、金利の有無等を綜合的に判断して労働することが条件となっていないことが極めて明白な場合には、本条の規定は適用されない。」(23.10.15基発他)
つまり、資格取得の費用について、会社が立替払いしその返済という形にすることは、労務上、問題ないということになります。
ただ、この判例にも書かれているように、「期間・金額・金利」等を明確にしないといけません。「お金を貸し、それを返してもらっている」ことを明確にする必要があるわけです。その意味でも、これを明確にするためにもきちんと契約書を交わす必要があります。
また、一定期間働けば残っている部分は、免除するという契約についても、判例から判断すると、契約の内容が著しく変な形の契約になっていない限り、問題ないとされているようです。著しく変な形の契約というのは例えば、資格取得の費用が100万円で、それを1年で返済することになっている(給与の半分近くの金額が返済に充てられる)とか、そういう極端なものでないという話です。
また、判例で「美容指導をうけ退職する場合は技術講習手数料を支払う旨の契約は労働基準法第16条に違反する」(浦和地裁 昭和61.5.30)とあるように、たとえば一定期間内に退職した場合、逆に手数料を取るような契約も労働基準法に違反しますから、この点も留意する必要があります。
このように、労務上は契約内容が不合理なものでなければ会社が立替払いし、一定期間を働いてくれたら立て替えた資格取得費用の一部を返済するのを免除するというのは合法であることがわかります。
では、税務上はどうでしょうか?
税務上はまずは立替払いであることを明確にしたほうがいいです。そうしないと「給与の一部」とみなされてしまう可能性があるためです。そのためにも、「契約書」をきちんと交わしたほうがいいです。契約書を交わすという点は労務上の観点からと同じです。
また、「金銭の貸付」とする場合には、金利をいくらか取ったほうがいいでしょう。微妙なところですが、「費用の立替」であれば一見すると金利を取らなくても良さそうではあります。しかし、いったんお金を貸して資格取得の費用を出したと考えれば金利はいくらか取らないといけないでしょう。つまり、「費用の立替」とか「金銭の貸付」といった名称で金利を取る取らないを分けるのではなく、資格取得の費用をいったん会社が立て替えた場合、言い方がどうあれ、金利はいくらか取らないといけないということだろうと思います。
ちなみに、金利を利率何%にするかは、一定の決まりがあります。以下の国税庁のHPを参考にしてみてください。
https://www.nta.go.jp/m/taxanswer/2606.htm
平成30年については、金利は1.6%となっています。
また、たとえば2年間勤務したら、会社が立替払いした資格取得費用の残りは全額、免除する形にしたとします。この免除した資格取得費用はどう処理するのでしょうか。
これは、会社としては免除した時点で「賞与の支払い」となるだろうと思います。
そうなると、本人からも源泉所得税も徴収しないといけません。給与課税していくため、本人には所得税・住民税がかかるという処理となります。
人材不足が言われる昨今、資格取得費用を会社が立て替えて支払うことも積極的に考えたほうがいいでしょう。その場合、こうした労務上や税務上の問題も考慮に入れて自社に合った制度を考えてみてはいかがでしょうか。