さて、今日は税務関係の資料を読んでいて気になった記事を一つ取り上げたいと思います。いわゆる「実質所得者課税の原則」というものです。
「実質所得者課税の原則」というのは、普段、経理とか税務とかにかかわらない方にはあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、税務にかかわる人や税理士試験で法人税や所得税、相続税などを勉強したことのある方はよく聞いたことがある言葉だと思います。
「実質所得者課税の原則」というのは、「誰の所得か」「誰に課税されるのか」というのは形式や名義ではなく、「実質的に誰の所得といえるのか」「実質的に課税されるべき人は誰なのか」という点から考えましょうというものです。国税側からすると水戸黄門の印籠のようなところがあって、いろんな場面で登場する考え方です。
たとえば、「名義預金」というのがあります。親のお金を子供の名義の口座に入れているというようなものです。この口座を実質的に管理しているのは親で、子供が自由に引き出して使うことができない口座だとします。そうすると、名前は確かに子供の名義であっても、それは実質的には親の口座ということになります。
親がなくなって相続が発生したときにこの「名義預金」は、「これは子供の名義の口座だから親の資産ではないから相続税の対象にはならない」とは言えなくなります。
この「実質所得者課税の原則」に関しては、裁判であったり、国税不服審判所の裁決であったり、実に様々なところで取り上げられています。ちょっといくつかみてみましょう。
納税者の妻等名義の口座は、納税者が口座開設を行っており、証券会社の担当者も納税者の口座であると認識していること、それらの口座と納税者名義の口座間に多額の資金移動が存在することなどから、それらの口座は納税者が自己のために開設した借名口座であり、それらの口座における損益は納税者に帰属する。
借名口座による株式売買に係る所得が納税者に帰属するにもかかわらず、納税者がその株式売買に係る所得を申告しなかつた行為は国税通則法68条(重加算税)1項に規定する「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したとき」に該当するから、重加算税の賦課決定は適法である。(判決年月日 H07-10-26 静岡地裁)
この事例は、妻の名義で夫が株を購入し、それを妻の所得として申告したのが「仮想・隠ぺい」にあたるとして重加算税の対象になっています。
納税者には実に厳しい判決です。
また、こんな例もあります。
鉄のスクラップ販売を行う法人の従業員が個人の名義でネットオークションを行って売り上げの代金を従業員個人の名義に振り込ませていたという事例です。国税庁はこれは会社の所得であるとして会社に課税されたという話です。
「会社側は、インターネットオークションによる販売業務の事業主体はその会社の従業員であるから、この販売業務に係る収益は請求人に帰属しない旨主張する。
しかしながら、①本件業務は個人名義で出品するものの会社の従業員名義であったこと、②会社の事務所において従業員が本件業務の事務及び商品の発送を行っていたこと、③会社が仕入れた商品を出品することによって収益が獲得されていたこと、④販売業務に従事する者の給与を請求人が支払っていたこと及び⑤会社の代表者は、この販売業務で収益を得ていたとの認識があったことなどの事実関係から、この業務が会社の業務の一環として行われたものとみるのが相当であり、本件業務に係る収益は会社に帰属する。」
インターネットオークションで売買しているのが従業員の名前で、従業員の個人口座に入金されていたとしてもそれは形式の話であって、実質的に会社の収入とみるべき具体的な状況があるではないかと言っています。
私の顧問先でも「契約書の名義は法人の取引だから法人の名義にしないと税務署に指摘されるのではないか」とか「使っているのは会社でも名義が違うと税務上、問題があるのではないか」とか、要するに「形式」や「名義」を皆さんが気にされているのをよく耳にします。
もちろん「形式」や「名義」も一定程度、大事ですし、気にすべきです。しかし、そうした外形上の「形式」「名義」よりも、実際には税務署は「実質的なところ」をみています。
逆に言えば、いくら「形式」や「名義」をそろえても実際のところがちがうのであればそれは意味がないという話になります。
「実質所得者課税の原則」。これは日ごろの経理処理上でも、いろいろ場面で出てくるもので、ぜひ経営者の皆さん、会社の総務経理の担当者の皆さんにはよく知っていただきたいことでもあります。参考にしていただければ幸いです。